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東京高等裁判所 昭和30年(ネ)2521号 判決

控訴人 国

右代表者法務大臣 牧野良三

右指定代理人検事 大坪憲三

同法務事務官 松尾重彦

〈外二名〉

被控訴人 熊井晴

右代理人弁護士 岡村玄治

〈外一名〉

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、第二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は本件控訴を棄却するとの判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、及び認否は、新に、証拠として被控訴代理人において、当審における被控訴人本人訊問の結果、鑑定人遠藤恒儀鑑定の結果を援用し、控訴代理人において、当審証人平田鉄治、同西山幸夫の各証言、当審における鑑定人町田欣一鑑定の結果を援用した外、原判決の事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

理由

被控訴人が大正十五年(一九二六年)六月十六日アメリカ合衆国カリフオルニヤ州サンタクララ郡サンノゼ市において日本人熊井嘉一郎と同熊井ナカエの五男として出生し、日米両国籍を取得したが、日本国籍を留保しなかつたため、これを失つたこと、及び昭和十八年(一九四三年)十二月十六日附で内務大臣に宛て被控訴人名義の国籍回復許可申請がなされ、これにもとずき右国籍回復が許可され、その届出により被控訴人が和歌山県那智郡田中村大字上野三十八番地に一家創立の旨戸籍に登載されたことは当事者間に争がない。よつて被控訴人に対する国籍回復許可の効力につき案ずるに、成立に争のない甲第二号証の一、二、原審証人熊井弁、当審証人平田鉄治、原審並に当審における被控訴人本人の各供述、当審における鑑定人遠藤恒儀鑑定の結果によれば、被控訴人は昭和十一年(一九三六年)中日本で教育を受ける目的で両親兄等と共に日本に渡来し、和歌山県那智郡田中村に居住し、渡来後直に同村小学校に入学し、同校卒業後和歌山県立粉河中学校に入学したが、その後昭和十七年(一九四二年)中父熊井嘉一郎に死別し、爾来母熊井ナカエの庇護の下に勉学に励んでいたこと、元来被控訴人は日本に永住する意思はなかつたのであるが、日本に上陸の初め既に悪印象を受け、将来は再び米国で生活することを強く希望していたこと、しかるにその頃から日本の国際関係が漸次悪化し、遂に戦争状態に入るに及び、日本国籍を有していなかつた被控訴人は世間からは非国民として視られ、官憲からは行動を看視される状態となつたのであるが、殊に警察からは一週間に一、二回は動向調査を受け、学校では日本国籍を有しない者は軍事教練の検定書を与えられないから上級学校に進むことができないし、就職することもできない旨を告げられたこと、そのため被控訴人の母熊井ナカエは被控訴人の前途を案じ、この際被控訴人に日本国籍を取得せしめるのがその利益になるものと独断し、被控訴人の意思を顧慮することなく、その不知の間に、擅に被控訴人名義の国籍回復許可願(乙第一号証)を作成し、これを居村役場を経て内務大臣に提出し、これが許可を受けた後これにもとずき国籍回復の届出をなし、戸籍にその登載を受けたことを認めることができる。右認定に牴触する当審証人西山幸夫の供述、及び当審鑑定人町田欣一鑑定の結果は前顕証拠と対照し採用しない。

尤も、被控訴人は昭和十八年(一九四三年十二月頃は既に十五歳を超え、(且母熊井ナカエと同居していたことは被控訴人本人の上記供述により明であるけれども、原審証人熊井弁、及び原審並に当審における被控訴人本人の各供述によるも、被控訴人はその頃その居宅から学校まで相当遠距離(約一里半)を通学し、勉学に追われていたので国籍回復の手続について関与する余裕はなく、後日右手続がなされたことを知りこれに憤激したことが窺われるから、右事実によつては上記認定を左右するに足らないし、他に上記認定を覆すに足る措信することのできる証拠はない。以上の事実によれば被控訴人名義の国籍回復許可申請は被控訴人の母熊井ナカエが被控訴人の名義を冒用してなしたものであつて、被控訴人の関知しないものであることが明であるから、右申請は無効なものというべく、これにもとずいてなされた国籍回復の許可もまた当然その効力を生ずることはないものといわなければならない。而して本件におけるように国籍回復が無効であつて日本国籍を有しないことが明確となることにより他国籍を有することの確認を受けることができる資料がえられ、また公簿上の国籍取得経過の記載の訂正を受けることができることが顕著であつて、しかもこれにつき争がある以上、これにつき確認を求める利益があるものというべきである。しからば国籍回復の無効により日本国籍を有しないことの確認を求める被控訴人の本訴請求は正当であつて、これを認容した原判決は相当であるから本件控訴は理由がない。

よつて民事訴訟法第三百八十四条第八十九条第九十五条を適用し主文のとおり判決をする。

(裁判長判事 牛山要 判事 岡崎隆 渡辺一雄)

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